東京農工大学 大学院工学研究院応用化学部門の熊谷義直教授らのグループは、大陽日酸株式会社の吉永純也氏ら、奈良女子大学の佐々木捷悟助教、工学院大学の尾沼猛儀教授、大阪公立大学/情報通信研究機構(NICT)の東脇正高教授/室長、および大陽日酸ATI株式会社の伴雄三郎博士らと共同で、独自の減圧ホットウォール有機金属気相成長(MOVPE)法を用い、高精度にn型キャリア密度を制御したβ型酸化ガリウム(β-Ga2O3)結晶の高速成長技術を開発しました。β-Ga2O3は電力制御・変換の高効率化を実現する次世代パワーデバイス用の半導体材料として注目されています。今回、安全なSi源としてテトラメチルシラン(TMSi)を採用し、MOVPE法でSiをドープしたβ-Ga2O3を成長し、キャリア密度の高精度制御を達成しました。本技術は、パワーデバイス量産に必須となるホモエピタキシャルウェハ量産の基盤技術として期待されます。
本研究成果は、英文学術誌Applied Physics Express(略称APEX)誌に5月20日付でオンライン公開されました。
論文タイトル:Homoepitaxial growth of thick Si-doped β-Ga2O3 layers using tetramethylsilane as a dopant source by low-pressure hot-wall metalorganic vapor phase epitaxy
背景
電力変換時のロスを抑え、一層の省エネルギー化を促進するため、従来のシリコン(Si)結晶よりも大きな絶縁破壊電界強度を有する次世代半導体結晶を用いた高耐圧・低損失なパワーデバイス(ダイオードやトランジスタ等)開発が注目されています。β-Ga2O3結晶は、研究が先行している炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)結晶よりも絶縁破壊電界強度が大きく、電力損失の更なる抑制を可能にします。また、各種の融液法で単結晶基板を製造できるという利点から、デバイス製造コストの削減が期待されています。そのため現在、産業応用に向け世界中で産官学が連携した研究開発が加速しています。
高性能なβ-Ga2O3パワーデバイス実現のためには、単結晶基板上にn型キャリア密度が精密に制御されたβ-Ga2O3層を高速でホモエピタキシャル成長させた所謂ホモエピタキシャルウェハを製造する技術の開発が不可欠です。近年、砒化ガリウム(GaAs)やGaN系デバイスの量産で多用されている有機金属気相成長(MOVPE)法が、β-Ga2O3の新たな成長手法として注目されています。
東京農工大学の熊谷研究室では、大陽日酸株式会社・大陽日酸ATI株式会社と共同開発した独自の減圧ホットウォールMOVPE成長炉(FR2000-OX)を用いたβ-Ga2O3成長の研究を進めています。既に、Gaの原料として蒸気圧が高く成長炉に高濃度で供給可能なトリメチルガリウム(TMGa)を採用し、炉内における酸素(O2)ガスとの反応条件の検討によって、TMGaに由来する炭素(C)汚染が無い高純度β-Ga2O3ホモエピタキシャル層の成長を前例の無い高速度(毎時15 μm以上)で実現しています。しかし、意図的なSi不純物ドーピングによるn型キャリア密度の制御については未検討でした。他研究機関のMOVPE法によるn型β-Ga2O3の成長では、テトラエトキシシラン(TEOS)やシラン(SiH4)をSiのドーピングガスとして用いた報告がありますが、TEOSには毒性、SiH4には爆発性があります。そこで今回、減圧ホットウォールMOVPE法におけるβ-Ga2O3の新たなSiドーピングガスとして無毒・非爆発性のTMSiを採用し、Si不純物の濃度、キャリア密度の制御の可否を検討しました。
研究体制
本研究は、東京農工大学 大学院工学研究院応用化学部門の熊谷義直教授、大陽日酸株式会社の吉永純也氏ら、奈良女子大学の佐々木捷悟助教、工学院大学の尾沼猛儀教授、大阪公立大学/情報通信研究機構の東脇正高教授/室長、および大陽日酸ATI株式会社の伴雄三郎博士らによる共同研究グループで実施されました。減圧ホットウォールMOVPE成長炉の開発・運用は、総務省ICT重点技術の研究開発プロジェクト(JPMI00316)次世代省エネ型デバイス関連技術の開発・実証事業(第一期、第二期)(環境省連携事業)の委託によって実施されました。
研究成果
減圧ホットウォールMOVPE成長炉(図1)を用い、1000℃に保持した(010)面β-Ga2O3基板上へのホモエピタキシャル成長中にTMGaとO2の供給量を固定した下でTMSi供給量を変え供給しました。TMSiを供給することで均一なSiドーピングが実現しました(図2)。その他の不純物であるC、水素(H)、窒素(N)は試料構造全体を通して検出されませんでした。
TMSi/TMGa供給比を変化させて成長したホモエピタキシャル層中のSi不純物濃度を調べたところ、2.1 × 1015から1.5 × 1019 cm-3までの広い範囲で制御できることが分かり、さらに電気的特性評価からSi濃度に等しい室温キャリア密度が得られることも分かりました(図3)。これはβ-Ga2O3中でSiが浅いn型不純物になるためであることを確認しています。
室温において1.8 × 1016 cm-3のキャリア密度(Si不純物濃度)を有するホモエピタキシャル層のキャリア輸送特性解析より、キャリア(電子)移動度は極性光学フォノン散乱のみによって支配されており、Si不純物が影響していないことが明らかになりました。これらの結果から、TMSiを用いた減圧ホットウォールMOVPE法によるSiドープβ-Ga2O3ホモエピタキシャル層の成長は、パワーデバイス製造用ホモエピタキシャルウェハの量産技術となり得ることが分かりました。
今後の展開
本研究により、無毒で非爆発性のTMSiを用いた独自の減圧ホットウォールMOVPE法で、キャリア密度を広い範囲で高精度に制御したSiドープβ-Ga2O3ホモエピタキシャル層の高速成長技術を確立しました。今後はβ-Ga2O3パワーデバイス実用化に向け、β-Ga2O3ホモエピタキシャルウェハを用いたパワーデバイスの開発および性能評価を進めていくと共に、大陽日酸イノベーションユニット(ユニット長:小林邦裕)CSE事業部(事業部長:川元淳)では、FR2000-OXを原型にしたホモエピタキシャルウェハの少量生産用成長炉および大規模量産用成長炉の開発を進めていきます。